看護師の中には、目まぐるしい日常において溜息をつきたくなるくらいに憂鬱な気分になることがあるでしょう。自分の思い通りの看護ができなかったり、人間関係が上手くいかなかったりと自分がクリアしていくべき課題が滞ってしまうことで、その悶々とした気分が溜息として表れていくのです。嫌なことがあるたびに、「こんなはずではなかったのに」という会話がたびたび交わされていき、嫌なことに直面しても、次の仕事に備えていくために溜息交じりなもやもやとした気分を吐きだして自分を奮い立たせていく姿勢を取る方もおられるかと思います。
 何かいいことがないかなあ、と溜息を吐きだす看護師もおられるでしょう。毎日看護ばかりしてても気分がいまいち乗り気になれず、刺激を求める心から不満交じりに溜息をもらしてしまうのです。溜息をもらすことで何かが変わるわけではないのに、気休め程度であってもその行為をせずにはいられないことはよくあることだと思うのです。溜息とは自分の気持ちを誰かに察してほしいとせがんでいるのかもしれません。あるいは、自分が抱えている不安を誰かと分かち合いたいという気持ちからくる行為としても捉えても不思議ではありません。溜息をつくたびに、ただ虚しく時を過ぎてしまっていることに気づいたときに、単に現実から逃げるための気休めだとハッとされる方もおられるでしょう。溜息をついているだけでするべきことに対して積極的になれていない自分に対して、思わず苦笑して「自分はこのまま不安を抱えたまま年老いていくのかな」という一言が出てくるのです。
 人によっては溜息ばかりついている人を苛ただしく思い、溜息を聞いているこっちまで気分が沈みそうになり、その無駄な息の吐き出しを繰り返している人に対して「あんた、何溜息ばかりついてんのよ!あんたみたいなのが居るとこっちまで気分が悪くなるわ!」などの文句を口にされることもあるかもしれません。溜息は負の感情を連鎖させていってしまいます。溜息をつきたくなったら、一人になれる場所で嫌な気持ちと一緒に吐き出すようにしましょう。溜息ばかりついている人の側には、誰も近寄りたいと思いませんからね。人間関係の面でもマイナスになりかねません。

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